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きな粉は香ばし食せよ乙女

NEWSさんと食が栄養

あの時ボクらは親友だった

ポケモン20周年おめでとうございます。

私が生まれてから今まで、最も好きだった時間が(トータルで)長いものです。現在NEWSにかけている熱量と同じくらいに大好きでした。今は全くファンと言えないですが、それでもゆる~~~く好きです。

 

そこで、私のポケモン遍歴を遡ってみようと思います。自分のため、そしてポケモンありがとう、ってだけの記事なので、是非戻るボタンクリック!!クリック!!本当にお時間ある方、またはポケモン好きな方、とっても優しい方(笑)はよろしければどうぞ。

 

 

 

どうして好きになったのかは覚えていないけれど、物心付いた時からポケモンは私のすぐそばにいる存在でした。ゲーム、カード、シール、マンガ…たくさんのグッズや関連商品を集めていました。(この時から既におたくの基礎が育っていたのは言うまでもない)TVアニメも録画していたし、2~3歳の時にはもう映画を見に行っていた、とのことです。私は「はじめて」をたくさんポケモンに捧げていたようです。

 

ポケモン図鑑(ゲームの攻略本)は本が擦り切れてボロボロになっていた。カードだって、何回も見返してヨレていた。シールが欲しくて蒸しケーキいっぱい食べたし、七夕には「ミュウに会いたい」と短冊に書きました。

 

今でもゲーム両手に朝6:00に起きてミュウツーを捕まえに行ったことは忘れません。(何回も倒してしまってめっちゃ苦労した)

 

 

そんなにも近い存在だったポケモン。それは私にとってただのキャラクターじゃなくて、確かに親友だった。あの時は。

 

私、本当はポケモンたちに謝らなくてはいけないのです。ずっとずっと心残りだったから、この記事を書こうと思ったのかもしれません。

特に、指人形たちと大好きだったジラーチ、きみに。

 

 

たくさんの指人形を使って、妹といわゆる「ごっこ遊び」をしていたんです。その子たちと遊んでいたときは、時間なんて存在しないかのようにず~~っとポケモンの世界に入り込んでいて、気づけば日が暮れていました。和室のふすまを閉めれば、そこは誰からも邪魔されない秘密の空間。自由に創造された架空の世界はどんな遊びよりも面白かったのです。どこまでも行けるし、どんなことだって実現できる。遊んでいる間は、1つ1つに心が宿っていたかのようでした。子どもの想像力って面白いですね。

 

でも、ある日、半分くらい急になくしてしまったんです。たくさんの友達が一瞬に消えてしまい本当に悲しくて、妹と泣いたのを覚えています。大切にしていたはずなのに、、、一部見つかったので、その子たちは洗ってキレイにしてあげました。たぶんまだ実家に残っているのではないでしょうか。しかし見つからなかったキミたちは、もうこの世のどこにもいないと思う。いなくなるときはせめて私が見ていたかったなあ、と少し後悔しています。

 

 

そして、ジラーチ

キミのことを思い出すと辛くなってしまうけれど、過去の清算にもならないけれど、今回は書かせてください。

 

クリスマスプレゼントに貰った、ジラーチのぬいぐるみ。それは他の誰でもない、私だけの親友でした。背中のひらひらに名前を書いて、どこへ行くにも持っていく、、というより一緒に連れていきました。忘れ物をしてしまった時、「ジラーチが届けてくれるはず!!」と、窓に向かって手を合わせ、本気でお願いしました。本当にジラーチはいつか話してくれるんじゃないか、動き出してくれるんじゃないか、そんな願いを込めてぎゅっと抱きしめ、眠りについていたんです。「永遠にともだちだよね!!」と、

 

しかし、転機が訪れます。

私ではないポケモンが好きな女の子が、避けられるようになってしまったのです。それを契機に、「ああ、もうポケモンを好きでいてはいけないんだな」「いつまでも子供ではいけないんだな」と、ポケモンを意識的に遠ざけるようになりました。

 

その子を助けることもできなかったし、親友だったはずのポケモンを裏切ったのです。私はとても弱い人間です。

 

当然、ジラーチのこともだんだん忘れていきました。

 

 

やっと思い出したのは、大学に行くための引っ越しをする前。

高校でポケモンが大好きな子と出会ったのをきっかけに、久しぶりにジラーチに会いたいと思ったのです。

 

しかし、家のどこを探しても見つからない。

「ない、、ない、、ない、、、!!!!」

誰にも譲っていないのに家で見つからない、というのは何を意味しているのか。簡単です。ごみとなり燃やされたということです。

 

あまりにも残酷です。

トイストーリーでは、おもちゃたちは引き取られて最後に持ち主と一緒に遊ぶことができたけど、現実はそんなハッピーエンドではありませんでした。(だからトイストーリーを見るとめちゃくちゃ辛くなるけれど、ジラーチのことを気づかせてくれたから大好きな作品です)

 

きっと、寂しかったよね、ごめんね。

生きているはずがないのはわかっています。それでも、私に裏切られたキミのことを思うと、今でも悲しくなってしまいます。マジョリティーの意見に負けた私は、たった一人しかいないジラーチという親友をいとも簡単に捨ててしまったのです。しかも、どう捨てたのか全く思い出せないのだから、都合がいいですよね。ひどい。

 

 

今は、代わりか罪滅ぼしのためか、小さなジラーチのキーホルダーを飾っています。

 

あの時はきっと親友だったキミ。

誰よりも近くにいて、何でも話せて、優しく頭をなでたら、いつか応えてくれるんじゃないかと思っていた、大好きな存在。

 

許してなんて言わない、あんなにひどいことをしたんだから。それでもやっぱりキミがすきだよ。

 

昔のように愛を注ぐことはできないし、親友という関係には戻れないよね。

それでも、、、

エゴで自分勝手なお願いだけれど、今はただ見守っていてね。

 

キミのことは忘れない。

 

 

今年の夏は、久しぶりにポケモンの映画を見に行こうと思っています。

 

 

紫の桃源郷はあるのーーあやめ考察①歌詞編ーー

「綺麗事?言ったっていいじゃん。それすら言わなくなってしまったらこの世界は駄目なんだよ」


これは、私が小学生の時に大好きな国語の先生が言った言葉である。素直な幼少期だからこそ、その言葉は何の疑念もなくストンと心に響いた。しかし、現在はどうだろうか。実現が難しかったり、自分と関わりが薄い(または目を背けてしまっている)理想について、綺麗事を言うことは「偽善」であると思ってはいないだろうか。または自分が「偽善者」のレッテルを貼られてしまうことを恐れてはいないだろうか。綺麗事という言葉そのものがマイナスイメージを持ってはいないだろうか。私は100%の自信を持ってこれらを否定することが出来ない。理想論が言葉という媒体で表現されたものーー綺麗事は、表現して初めて意味が付随されるのに、心に留めたまま思っているだけのものは0だ。綺麗事は表現されてやっとスタートラインに立つことが出来る。そこから進めるのか、それは自分次第であろう。



そして、今回の加藤さんはソロ曲「あやめ」で間違いなく理想郷へのスタートラインに立っている。(既に私には見えないくらい遠くに行っているような気がする)

「あやめは理想論かもしれないけど」
これはシゲ部で部長自らが口にした言葉である。多角的な愛が、ボーダーレスな世界が、様々な愛の形が容認される世界がーーそれが当たり前になった世界と言う方が理想かもしれないーーメロディーと歌詞の様々な部分で表現され、このたった数分の「あやめ」には加藤さんが思う理想郷が広がっている。自分の魅力を表現するだけでなく、ソロ曲という媒体を使って加藤さんが考える「理想郷」の意思表示をしているのである。

だからこそ、私は加藤さんが思い描く理想論が優しく、美しいことを嬉しく思った。誇らしかった。「ああ、私の好きな人の心には、確かに血が通った温かな綺麗事が存在するんだ」と、どこかで安心していたようにも思う。加藤さんの心には優しく美しい世界が広がっていて、思い描いている理想郷の姿を大衆に向けて加藤さん自身が発表したのである。(大きな影響力のあるアイドルという立場からこれを発表したということはとても大きな意味を持ち、かなりの勇気も必要である)それは自分が「理想を実現する(または出来るように努力する)側」であることを自他共に認めたために、相応しい行動が求められるという、ある種の責任が伴う。それでも、誰かの救いになれたら……と加藤さんが(誤解を恐れず言うと)綺麗事を表現してくれた。

この歌で世界が変わるわけでも、制度が見直されるわけでもない。しかし、言葉や音楽には力がある。あやめという愛の形が寄り添ってくれるだけで救われたり、言葉にできない心の葛藤・もやもやが加藤さんを通じて翻訳され想いが昇華され、ふと気持ちが楽になったりすることもあるだろう。「世界がこうだったら幸せだよね」ラジオでそう言った加藤さん。その声は本当にナチュラルで、サラリとしていて、普段思っていることが独り言のように、ほろりと口から零れたように聞こえた。でも、確かにあやめを必要とする人に届いて欲しいーーそんな優しい話し方だった。その言葉を聞けただけでも私は本当に嬉しかった。たとえ状況が変わらなくとも、誰かの心にそっと染み込んで楽にすることが出来るーーそれが綺麗事の役割の1つではないだろうか。どんなに暗くても、たった一言で僅かにでも希望が見える可能性があるのなら、綺麗事を言って何が悪い。綺麗事を言わない方が臆病だ、と先生は伝えていたように思うが、それは綺麗事を言うためには、優しさと勇気、両方の強さが必要であるから。それを見せてくれた加藤さんには至上の信頼を置くしかない。


そして、私自身も加藤さんの理想論に心を軽くしてもらったのである。人見知りで馴染むことが苦手な私は、これまでに見えない境界線を感じたことが幾度かある。相容れないような、寄りつけないような、「あなたは違うから」というベールのような壁を感じ、また自分自身でも壁を築いていた。(それは私の過剰な自意識かもしれないが)


しかし、あやめは違いも痛みも許容してくれる。様々な境界線を水彩絵の具のようにぼかし、心に響く。「境界線は心まで隔てないよ」と受け入れてくれる。

前置きが長くなったが、完全に個人的な解釈で(特に心に響いた)歌詞の考察をしようと思う。


この曲に出てくるのは「僕」と「あなた」であり、私の意見として、
僕→理想の愛の世界を求める
あなた→この世界の何らかに虐げられている
という立場であるのだと思うので、その前提で考察をしていく。


ああ あなたの歌声を雨が流してしまっても


雨は何らかの障害であり、その後は私の中で2つ解釈できた。
①「あなた」の歌声=妨げられていることに対する訴え がかき消されてしまい届かない
②「あなたの歌声」という「僕」から見たら美しいものは、雨音で隠され濡れてしまう→どんなに美しいものだとしても、世間から虐げられていると(色眼鏡や偏見で見られると)その美しさは霞んで本質は見えなくなる

決して空想 夢想の彼方
今だけはキスしてよ


これは「決して〜(ない)」だと思う。
僕が思い描く「空想」「夢想」=理想の世界(愛をもってして多様性が受け入れられる世界) は決して遥か彼方のものでは無いよね?だから、いつか叶うまで今だけは2人傍にいて愛を確かめていいかな?と「僕」が「あなた」に語りかけるような感じ。そして、今「だけ」と言うのだから、「僕」は今の状況が変化することを知っているのか、願っているのか。

世界は光の地図を求める
だから僕は生きていく

光の地図=(加藤さんが思う)理想郷への地図。つまり、多様性や愛が許容される(理想論的に)美しい世界への道しるべ。ここで注目すべきは「だから」。「だから」は理由を表すので、世界がそうした理想を求めているなら僕はそれが実現するまで生きていくよ、理想が現実になるまで僕には闘って、対峙する使命があるんだーーと言っているのだ。僕が生きる理由=この世界を美しくすること、だなんて、どれだけのものを心に背負っているのだろうか。加藤さんの頭の中には一体どれだけの感情が詰め込まれているのだろうか。「書きたいことが多すぎて用紙に収められないから国語は苦手だった」という加藤さん。きっと人より何倍も強い感受性を持っていて些細な感情にも目を向けることが出来るのだろう。しかし、そんなにも多くの感情に触れられる心があるのが嬉しい反面、潰されてしまわないか不安になってしまうのも本音である。

紙で切れた指先のように
伝わらない痛みを忘れないように

紙で指を切ると、傷口は綺麗で他人からはほぼ見えない。しかし、傷ついた本人はヒリヒリとかなり痛い。他人からは自分の痛みなんて、更には傷ついていることさえも分からないことの方が多いのだ。だからこそ、他人のことを完全に理解できなくても思い遣る気持ちを持って寄り添うことが大切なんだ。痛み・苦しみは1人1人のものさしによって異なるのだから伝わらない、けれどせめて誰かが傷ついているかもしれないことを忘れてはならない。(この例えが美しくドンピシャすぎて加藤さんを本当に尊敬する)


いずれもあやめず青空

多様性に紋切り型の正解はなくて、何も排除していいものは無い。どんなに違っていても青空から見てしまえば皆同じだ。境界線のない青空のように、全てを飲み込んでくれよ、という心からの語りかけである。さりげなく「あやめ」を歌詞に織り込む言葉のセンスが美しすぎる。
そして青空の後に"Right?"って聞こえるのだが、それは「そうだろ?」と問いかけている。その相手は私達か。それとも青空か。

空から落ちる蜘蛛の糸
んなもんいらねぇ 飛んでやらぁ
雨の弓を渡れ超えろ抱きしめろ


蜘蛛の糸(芥川)では、地獄から脱却するために垂らされた蜘蛛の糸を登った主人公。それに続いて他の人達が登ってくるのだが、それを妨げる主人公の心無い行為に、結局蜘蛛の糸は切れてしまう。
この歌詞は救いが要らない、ということではなく自らで状況を打破しようとする強さ。
雨の弓=rain+bow で虹。多様性の象徴である虹を抱きしめるーー「僕」は多様性を受け入れてくれるレール上にいるだけではなく、更に先へ行かなくてはならない。虹を抱きしめる、つまり「僕」自身も多様性を広く許容する心を持っていたいということだ。抱きしめ「ろ」という強めの口調が「僕」の心の強さ(または弱いけど強くあろうとしている)を表しておいる。誰かの支えになるには強さが必要で、その強さを「僕」に投影したのだ。(ここでいう強さは優しさも含む)
小さな文字表記(いらねえ→いらねぇ やらあ→やらぁ)については、ピングレでもあったな……加藤さんらしいなあ……(『ぐぅぁ ぐぁ』など)ちょっとキュンとした。

世界は光の地図を求める
そして僕は生きていく


「だから」→「そして」と変わった歌詞。私の勝手なニュアンスだが、「そして」を使うことによって「僕」が世界から少し乖離しようとする印象を受けた。世界が求めるものは「僕」の理想とズレがあったのだろうか。世界が何と言おうが構わない、僕は僕の思い描く理想を求めて生きていくんだ、という自分を奮い立たせているような歌詞。なぜこんなにも理想を追求するのか?それは「あなた」と美しい愛を塗り描いていくため。「あなた」が虐げられ不自由にならない世界を作るのため。愛する者が見ている世界が少しでも美しくあるようにと「僕」は願っているのだろう。

cause i need u cause i love you

シゲ部で言っていたが、初めはneedとloveが逆で、順番を間違えたために偶然生まれたそうな。しかし大正解だと思う。need you→love you の母音が「i u→a u」となることで後半の方がよく響き、発音しやすい韻になっている。後半ほど盛り上げることは鉄則なので、心にぐっと訴えかけてくる。これが当初の通り逆だったなら、ここまでこみ上げてくるものはなかっただろうと思う。

never give up, beautiful world
makin´ a good thing better

私的にこの歌詞が一番好き。僕は決して美しい世界ーー僕が思い描く、多様性や愛が広く自由に存在している理想の美しい世界ーーの実現を決して諦めない。いつかこの世界が理想に近づく日がきっと来るから。

それはまるで雲から一筋の光が射し込むかのよう。望みを失ってはいけない、きっと素敵なことが待っているはずだから、あなたの想いはきっと誰かに届くはずだから……そう語りかけ、寄り添い、優しく手を差し伸べてくれる。こんなにも静かに優しくいられるのだろうか。たった2文に加藤さんの温かさ、優しさが凝縮されている。沈みこんでしまった心をそっと掬いあげてくれる。加藤さんの「誰かを救いたい」という気持ちは、十分すぎるほど届いている。

世界は心の奥底にある
だから僕は生きていく
虹を歩いてく

1回目、2回目を経て、「僕」は気づいた。理想郷は世界から求められた(現代社会で言うと推進・提唱された)姿ではなく、自分自身の心の奥底で思い描いた姿で存在しているのだと。「あなた」を愛することが出来る世界は僕の中にずっと描いてきたじゃないか。僕は僕の理想を実現するためにこれからも生きていく。
そして、「あなた」の歌声を流していた雨、また雨の弓は止んだのだろうか。差し込んだ希望の光は雨を虹に変え、理想郷への架け橋となった。その先にはきっと光を受けて、静かに強く愛の象徴ーーあやめが咲き誇っていることだろう。僕とあなたはあやめが咲く桃源郷へと、手を繋いで歩んでいくのだ。



あやめは本当に強く、美しく、優しい歌だ。
なぜこんなにも優しい言葉が出てくるのかな。たとえ理想論だ、綺麗事だ、と言われようと、加藤さんの言葉には確かな温度がある。逆に言葉だけで誰かを救えるなんて、こんな素敵なことはないじゃないか。加藤さんが今までに見てきたものや経験したこと、様々な作品から培った感受性が全て今の優しさに注がれているような気がしてならない。あからさまに表面化する優しさというより、頭で考え、多くの視点から俯瞰することで心の動きに敏感に反応する様な優しさ。心の奥深くにたっぷりと湛えているような優しさ。


加藤さんを好きになって良かったと、何度も何度も思う。そして、この曲「あやめ」に出逢えて本当によかった。

君が好きだって事以外大した意味なんて無いよ

私にとって最初のNEVERLAND――宮城公演が終わり、もうすぐ一カ月が経とうとしている。しかし、感情はいつまでも夢の国に留まって離れようとしない。NEWSの声を聴き、姿を見るだけで浮かぶあの光景。ふとした瞬間、あのキラキラと輝く夢の世界が瞼の裏に蘇る。

 

 

※)この先、NEVERLAND公演の曲に関する若干のネタバレを含みます。

 

 

 

昨日、「恋を知らない君へ」を聴いた。いや、聴いたというよりもアルバムNEVERLANDを「流していた」ところ、感情の器を突き破ってきた、と言う方が近い。私はそのイントロに導かれるまま、訳も分からず泣いていた。記憶がフラッシュバックして、心だけ”現在”という場所から乖離していた。

 

以前にも宮城公演について少し書いたが、再度書き綴らせて頂く。

あの日私を待っていたのは、大変有り難いことに、花道がとてもとても近い席だった。「恋を知らない君へ」が始まる前、加藤さんがこちら側へ花道を歩いてきた。意味が分からず混乱していたが、できる事なら……もし叶うなら通り過ぎないでほしいと思った。

そして、願いが通じたのか、加藤さんは目の前に立ち止まってくれた。勿論、立ち位置というものは予め決められていてそこに立ったに過ぎないと思う。それでも加藤さんのうちわを向けていた私を見て少し――数歩だけ位置をずらしてくれたのではないか、という誇大妄想が働いてしまう。

 

そして、その場所で「恋を知らない君へ」は始まった。

 

 

 

青空を見上げる僕は 手を伸ばす意味を知らない

 

 

あまりにも美しい姿と生歌に文字通り痺れた。頭から足先まで、身体は動くことを忘れてしまったようだった。前回のQUARTETTOは、ドームの上、かなり左端だったので、会場を俯瞰して雰囲気を楽しんでいた(もちろんとっても楽しかったけれど)。しかし今回は話が違う。完全に客観的な思考は追い出され、NEWSとの――この歌に関しては加藤さんとの――間には私と同じ時間を共有しているような実感をせずにはいられなかった。キラキラと瞬く切ない幻のような、刹那的な時間……

 

ああ 貴方だけは消えないで 夏の中へ連れてって

 

ああ 行かないでと願うだけで もう一度と願うだけで

 

 

 

自意識過剰とは分かっている。それでも、加藤さんは団扇を見てくれて、私と目を合わせて歌声を届けてくれているように思ってしまう。淡く儚いNEWSの歌声が、この時間こそ消えないで、行かないで……と感傷に浸らせる。これら一連の感情や映像は、まだ印象深く私の心に刻まれている。

その記憶が涙腺の引き金となり、聴くだけで涙が零れてしまった。満ち満ちた泉に注がれる”好き”はどうしたって溢れてしまう。私はここまで加藤さんが好きだったなんて気づいていなかった。知らなかった。だから、私が持ち合わせていた泉は小さくて、”好き”が飽和して入りきらない。加藤さんを見るだけで心がきゅっと温かく苦しくなる。溢れたものは私の笑顔、活力、涙、幸せに姿を変えて現れる。毎日加藤さんのソロを聴き、これ以上入りきらないのに注ぎ足す毎日。注ぐほどに泉の容量は大きくなるのか、好きはどんどん膨張していく。

家族や恋人に向ける感情とは違う、形容しがたい特別な気持ち。この想いはジャニオタなら誰しも感じるのかもしれないが、私の感情は私だけが感じて勝手に解釈しているので私だけのものである。誰に何を思われても、私自身がこの気持ちを大切にしてあげたい。

 

名前の無い気持ちを送ろう

 

これに君が好きだって事以外大した意味なんて無いよ

 

ただ好きなんです。それ以外に今はこの気持ちを表せない。

そういうわけで、私は今日も加藤さんを応援します。

 

 

 

 

 

NEWSを好きになったきっかけ

 

そういえば自己紹介的なものをしていなかったなあ…と思い、今さらながらNEWSファンになった経緯なんかも交えて紹介しようと思います。

 

 

私は幼少のころから既にオタク路線まっしぐらでした。

ちなみに、ここでいう「オタク」とはサブカル(と言えば響きがいい)のことであり、ジャニオタではありません。むしろジャニーズ???はい????という家庭で育ちました。

 

親がゲーム好きなので小さい時からドラクエ・FFを見るのを娯楽とし、親が特撮好きで、戦隊ものライダー系の武器を身にまとって遊び、読んでいたのは少年マンガ>>>>少女マンガだった私。完全にオタクの畑。

(※)ここで驚いてしまうのは、私に男兄弟はいないということです

 

 

FFの攻略本に至っては、暇さえあればアルティマニア3種を倉庫で1人読み込んでいた。そのため、親より詳しかった。(※4歳女子)

まあ、そのおかげで文章や資料の読解力がついたと思うから結果オーライだよね!!!!

 

攻略本読み込むとか、説明書読み込む加藤さんと共通点…???やった~~~~~!!!!!(お黙り)

 

私自身も、もちろんゲーム大好き人間になった。ポケモンカービィドラクエは3種の神器です。(??)朝6時に起きて伝説ポケモン捕まえに行ったのはわたしだ~~~~!!!

 

そんなオタク行快速特急に乗り込んでいた私ですが、ある番組をきっかけに途中下車どころか大脱線をしてしまうのです。

 

そうです。それはNEWSのメンバーの一人、加藤シゲアキさんが出演していた「メレンゲの気持ち」です。そのときの気持ちはメレンゲなんて軽いものではありません。ええ。本当に偶然、妹が好きな俳優さんが出ていたためにその番組がついていて、何となくだら~~~っと見ていたのです。まさかその短時間で人生が狂うとも知らずに…!!!!メレンゲを見る前の間抜けな顔を笑ってやりたい……へへ…………!!

 

そこでは、加藤さんが自宅公開をしていました。その瞬間、私は人生の面舵の方向を180°変えたのです。「はて…………??すっぴんなのに、こんなにかわいい男の人が存在するんだ??????そんなの聞いてないよ????不思議……なんで??????


お分かりいただけるでしょうか、この時の衝撃。人は驚いた時、こんなにも語彙力をなくしてしまうのです。きゅんきゅる~~~~ん、という効果音が似合う、きらきらクリクリの目。(ネジが飛んでいるのでどうか広い心で)そして、小説を書き、鋭いツッコミを入れ、自ら魚をおろしたり梅干しを漬けたりする超ハイスペックな一面を持ちながら、人見知りで懸垂ができない(運動音痴)というちょっとの残念さ。ひどいよ…萌えのおうふくビンタでこっちの心と頬はパンッパンだよ……;;;;;;

 

お砂糖(かわいさ)…スパイス(かっこよさ)…すてきなものをいっぱい(数々の才能)…全部混ぜるとむっちゃかわいい人ができるはずだったのに、間違って余計なものをいれちゃった(いわゆるアイドルらしからぬ面)…って、そんなあなたはパワーパフガールズ…?????それなら最強だね……仕方ないのですね……


そんな映像を一気に見せられて、私は加藤さんに釘付けになってしまったのです。

 

それからは本当に早かった。放送から2~3日で名盤中の名盤と言われていた「美しい恋にするよ」を購入。しかし私は「へ~~~これが一番レビューいいのか~~~まあ、このDVDだけ買ったらやめとこ~~~」と軽く考えていたのです。

甘かった。

「よし……よし……君はここから転生して、最高に光り輝く新たな道を辿るんだね……よかったね…………」と、見事なまでに一直線に堕ちていく私を雲の上から眺めていたら、さぞかし楽しいことでしょう。

 

NEWSの決意も、強さも、弱さも、勇気も、笑顔も、涙も、幸せも、全てが詰まった最高のライブでした。ステージが上がって、ファンの姿が見えた時のNEWSの表情。色々な感情が溢れすぎるほどに溢れて、痛いほど伝わってきて、何も知らなかった私でも号泣していました。shareとフルスイング、そして、新たなNEWSの「門出」として背中を押すように空に打ちあがる花火。本当に胸がいっぱいになりました。

 

そして、こう思ったのです。

「あ、私はこの人たちを応援する運命だったんだ」

これを見てファンにならない人が果たしているのだろうか・・・・・?と思うほど心を揺さぶる、素敵な…という言葉では言い表せないほど最高のDVDでした。全国の人に押し付けてでもいいから、人生で一回は見てほしい。そこのあなたも、この一本で人生が変わるかもしれません。(体験者の声)

 

そして、とんとん拍子で他のDVDやCDも集めました。そのペースが怖い。でも、お金貯めて頑張ろう~~と活動的になるうえに、幸せもついてくるなんてどんなお得なセットなんだろうね……(照)今はHDD、雑誌、円盤の収納・整理に頭を悩ませている毎日です。

 

加藤さんを見ることができて、今日も私は元気です。NEWSがいなかったら本当に残念な女(女と認定できないほど色々拗らせていたかもしれない)だったので、なけなしの女子力を発掘してくれてありがとうNEWS…うっうっ……;;;;;

 

これからもNEWSに幸せを貰って、ジャニオタとして生まれ変わった私はハッピーに生きます!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

NEVERLAND@宮城の総括とあやめについて~光の地図が示す場所〜

 

 

というわけで、NEVERLAND@宮城に行って参りました!!!

ネタバレは無しで、止まらない多幸感と興奮をキーボードに叩きつけたいと思います。

 

 

 

 

〈全体的な感想〉

・とにかく、夢の世界に誘ってくれるための工夫が満載!!めちゃくちゃ楽しい!!!!今後入国する方は、絶対に全力で楽しんだもの勝ちなので童心に戻って全て出しきってください!!!!最寄り駅にネジを置いていきましょう♡♡

 

・会場の一体感と多幸感の共有。それがビシビシ感じられて、気持ちよかった!!!

 

・NEWSのみんながファンを大切に思ってくれていることがめちゃくちゃ伝わってきました。これは勘違いとか、贔屓とかでなく、心から言えます。手越くんが最後の方の曲でこちらに来た時、ほんと~~~~~~に幸せそうな顔で歌ってたの。漫画でよくあるじゃん、「ぱああああ」っていう満面の笑みの効果音。まさにそれ。そして、NEWSが発する言葉の端々に「ファンを想っているよ」というバックグラウンドがあって、NEWSファンって本当に愛されてるなあ、幸せだなあって思った。

 

・セトリ最高でした!!!構成を考えてくれた方にお中元送りたいです。

 

・セットや構成が、夢の国を作ろうという本気度がにじみ出過ぎていて嬉しかった...

 

・NEWSが歌に特化したグループになろうとしているのが伝わってきました。ハモリとか、声の出し方・バランスなんかも合わせて「聴かせる」ことを意識しているんだなあって。特に加藤さんの変化は顕著だと思って、発言にもあるように「歌が好き、もっと上手くなりたい、引っ張られるのは嫌だ、不甲斐ない歌は聴かせたくない」っていう気持ちが歌に乗り移っているようでした。なんか嬉しくて、凄く加藤さんで、でも新しい武器を身に着けようとしていて、加藤さんが着ている鎧がさらに強くて重厚なものになるのかな…なんて思ったり。真摯に歌に向き合っている加藤さん。今後の歌を楽しみにしています!!!!

 

・NEVERLANDで過ごす時間は皆1人1人が主人公で、世界で一番ハッピーエンドにふさわしい人になれる。この一瞬だけは、世界で一番幸せな時間を過ごすことができる。そんな夢の国でした。最高~~~~~!!!!!

 

 

〈加藤さんのソロ〉

※ネタバレはありませんが、ここからはどうか寛容にご覧いただきたいです。

 

 

 

 

あの、人間って、本当に感動して驚いた時って何もできなくなると分かりました。

加藤さんが目の前に来たとき、ただ震えて、呼吸も忘れて、勘違いだけど私の周りだけ時が止まったような感覚。視覚だけ生きていて、他の全ての機能が緊張して停止してしまったかのよう。まるで肉食動物が弱い動物を狙う時みたいに、私は震えて怯えたようなアクションをとっていました。逃げ出したい、でもその時間がが永遠に続けばいいと思った。

 

うちわから想いよ届けビーム(ネーミングセンス)とか出ていたら良かったのに。

 

(雑)

何も言わなくても、この感動が伝わってくれたらいいのに。

 

内容及びその感想は、すべての公演が終了してから書きます。

 

演出の関係で「あ、加藤さんこっちくる」「あ あ あああ」とわかってしまって、最後を目の前で見ていました。

堂々と、煌々とステージの上で光を背負う加藤さんがとても眩しかった。姿がとても近くて、でも凄く遠かった。あまりにも美しくて素敵で、私の中の何もかもが静止した闇の中で、っていう状態。混乱しているのか、何も考えられないのか、訳も分からずただ見ているだけでした。

 

あやめという曲が私の心に語り掛けてくるようでした。(あやめは聴いた人1人1人それぞれのための曲であると思います)

 

照明が落ちて闇と静謐が訪れた瞬間、泣き崩れてしまいました。自分がどんな感情なのか、なぜこんなにも涙が止まらないのか、感動したのか、寂しいのか、嬉しいのか、どこからこのぐちゃぐちゃな感情が湧いてくるのか、何もかも混乱していました。次の曲を観たいと思うのに、目の前がぐにゃんと歪んでしまうほど涙が止まらなくて、人目を憚らず嗚咽して、足から力が抜けて、涙と崩れ落ちるのを何とか堪えて…

 

私が今後どうなっても、この一瞬は絶対に心に深く刻まれて残ると思います。

 

加藤さんの強さも優しさも自信も何もかもを、全身全霊をかけて表現していることに、そして何者かが憑依したようなあの世界観に飲み込まれ、『あやめ』という曲の全てに、一つの作品に心が揺さぶられて感動したのだと思います。

 

きっと後になって、曲の解釈について考えることも多くなるし深読みとかする。こんなにも、たった1曲について悶々として色々と考えていることなんて傍から見たら訳分からないかもしれないけど、考えずにはいられない。そして今、私の頭ではあやめを何度も脳内再生して、薄れゆく記憶を必死でつなぎ止めようとしている。あの光景が日に日にぼやけてしまうのがあまりにも辛くて切なくて寂しくて、抗うために記憶を探ってあやめを聴く。ここまで感情が零れるほどいっぱいになっても、加藤さんを好きでよかったと思うし楽しかったりする。加藤担なのだからどうしようもない。

 

 

 

 

 

NEVERLANDに招待してくれてありがとう。

最高に楽しんで、最高の夢を見て、今NEWSのファンであることの幸せを噛みしめています。大好きです!!!!!!!!

 

 

 

 

 

NEWSでドラクエをやってみたい

※)ドラクエご存知ない方は戻るボタン推奨
※※)そして前記事とのテンションの起伏が激しい


NEVERLANDツアー始まりましたね!NEWSとファンの皆さんが素敵な夢を見られること、そしてツアーを作ってくださるスタッフ、jr、NEWS、ファンの皆さんが無事に公演を終えることを願います。





さて。
以前、ある方のaskに「NEWSでドラクエをやったら」というような質問を投稿しました。そこで(?)今回、私も実際にやってみようと思い立ったのです。

設定するの楽しい!!!(1人で盛り上がる)しょうがないじゃない……幼い頃から親がやっているスクエニのゲームを見ていたのだから……悲しいおたくの性……

ということで、勝手にNEWSさんをダーマの神殿*1にルーラ*2させちゃいます!!!4人で構成されるパーティーはこちらです!!!(とくぎはドラクエにないものもあったりします)



🔽こやまさん
せいべつ:おとこ
しょくぎょう:そうりょ
HP 560 MP 744
(パーティーへの)きびしさ 4
じどりのうまさ 999

パーティーを後ろから優しく見守る。傷つけば回復し(ベホマラーなど)、防御を固め(スクルト)、パーティーを守り抜く最大の盾であり補助役。ただし、パーティーに対しては甘めであり、「いのちだいじに」にしておくと回復を必要以上にしてしまい、MPが尽きる可能性があるので要注意。攻撃もする(槍とか)。

とくぎ・呪文
スクルト
パーティー全体の防御力を高める不可欠な呪文。何だかんだパーティーを支えているのはこういった部分でしょう。

→おいろけダンス
聖なる職業と思っていたら、侮るなかれ。厳かな法衣の下に纏っていた長く揺れ動く衣を揺らして踊り出す。その妖艶さに、相手は目を回すこと間違いない。

→足ツボマッサージ
てごしさんの足をマッサージする。てごしさんのHPが回復する。僧侶たるもの優しさは忘れない。


🔽てごしさん
せいべつ:おとこ
しょくぎょう:スーパースター
HP 999 MP 167
うんのよさ 999
かみのあかるさ 901

とにかく素早い=運動神経が良いので、パーティーの特攻隊長。敵に果敢に突っ込んでいくが、時に100歩先を行ってしまうため、パーティーの協力が不可欠かつ作戦を「ガンガンいこうぜ」にするのは若干心許ない。しかし、その起動力とスター性は何者にも変え難く、パーティーの推進力であることは誰しもが認めている。


とくぎ
→投げキッス
ファンはもちろん、そうでない人にもファンサを振りまき、敵を見とれさせ行動不能にさせる。手越さんのアイドル性と愛がなせる技。

→七色の歌声
どんなフィールドにも対応できる抜群の表現力・歌唱力で、相手を魅了したり圧倒させる。敵は聴き惚れて身動きが取れなくなる。

→テンションブースト
突然テンションがmax*3まで上がる。誰にも止められないので、ネジを水道橋の駅に取りに行こう。



🔽ますださん
せいべつ:おとこ
しょくぎょう:バトルマスター
HP 872 MP 17
たいりょく 890
ふりはば 907

その強靱な肉体で来る敵をねじ伏せる。にこやかで和やかな笑顔と思い近づいてしまった敵、残念だった。その表情とは裏腹に、繰り出される破壊力抜群の拳で完膚無きまでやられてしまう。装備品にこだわりがありこちら側で設定できないのは難点だが、それをカバーする防御力は兼ね備えている。ケモノ系のモンスターだけは他メンバーにお願いしよう。


とくぎ・呪文
ばくれつけん
イメージだけです。出来そう。強靱な肉体から繰り出される破壊力抜群の拳に、相手は為す術もない。

→安らぎの歌
伸びやかで柔らかな歌声がパーティーを包み込み、癒しを与える。HPが回復する。

→ファッションプロデュース
相手の装備をフルチェンジ。相手は満足して帰っていく。ただしお洒落を極めるため戦闘に有利な装備はさせない。





🔽かとうさん
せいべつ:おとこ
しょくぎょう:魔法戦士
(加藤さんは絶対に魔法戦士です!!!!!!)

HP 570 MP 896
かしこさ 999
おたくさ 746

パーティーの脳として動き、呪文しかり補助や攻撃もお手の物。高い俯瞰力で、戦闘の状況によって柔軟に立ち位置を変えることが出来る。パーティーの技(トーク)をバイキルト(という名のツッコミやアオリ)で2倍の威力にできる頭の回転の良さと、自らの攻撃をもって相手に隙を与えないあたりオールマイティーである。ビジュアルの美しさに、敵が動きを止めてしまうこともしばしば。


とくぎ
→フォース
様々に変化するフォースを纏わせる。可愛いも恰好いも美しいも全て操って相手を翻弄する。(本人はきっとわかってフォースを使いこなしているあたり最高じゃないですか?)

→しらんがな
どんな敵がかかってきても、この呪文で一蹴。(敵はこの一言を引き出すために策謀し、この呪文を唱えてもらうためにわざと向かってきていることは言うまでもない)

→みわくの眼差し
その美しい目線に、相手は痺れてマヒする。(加藤さんの5分目ほど開いた例の目線です)(伝わって)プレイヤーも相手も見たいと思うので、無駄にこの技を連発したくなる。



これ、普通に安定したパーティーじゃない!?!?バランスいい!!どんな敵が来ても怖いもの無しだ~〜~!!!7つのオーブ*4ならぬ7つのエレメント集めて自分の奥の方に潜む狂気の化身がかかってきてもお構い無しだ〜~ミステリア〜~〜!!!(??)

*1:パーティーの職業を司る場所

*2:瞬間移動の呪文

*3:テンションが上がると、能力が格段にアップするので強い

*4:ドラクエ8において、魔王を倒すのに重要な要素

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天に捧げるラブソング

音楽は、感情を表現する最も優れたツールである。だからこそ、卒業式・結婚式では歌を歌う。


ありがとう。大好き。どうか、幸せに。



想いは旋律に乗って、心に染み込む。
想いは歌に合わせて、疑いなく伝わる。



小山さんも恐らくそうだ。
おこがましいが、私にも同じような経験がある。


ここからはあくまでも個人的な解釈であることはご容赦いただきたい。



中学の時に、飼っていた猫が亡くなった。
目を開けたまま畳の上で横たわっていたあの姿を忘れることはない。あんなにも死というものは孤独なのだろうか。

その日は、一年に一回、最初で最後の集大成を見せる吹奏楽コンクール当日。吹奏楽部員である私にとって、この上ない大切な日だ。誰よりも早起きをしたため、私は変わり果てた猫の姿の第一発見者だった。

私は、猫から逃げたかのように見なかった振りをした。涙も見せることなく。
冷たい奴だ。
あまりにも突然の事で、頭では理解していても感情が追いつかなかったのだろう。家族が起きてきても、私は知らなかったかのように振舞った。何故そのような行動をしたのか意味がわからない。皆が泣いているのを見ても、涙は出てこなかった。

コンクールの出発時間が迫り、想いを消化出来ないまま足早に家を出た。


本番直前。
コンクール会場の舞台、輝かしいスポットライト、暗闇に顔を隠す審査員、緊張した部員の息遣い。


第一音。
私はこの時、天に向けて息を届けた。他の誰でもない、愛猫に向けて。
今まで自分たちが自分たちの作品のために今日ここまで練習を重ね、苦労してきたことなど、十分すぎるほどわかっていた。でも、今日だけは君に聴かせたかった。


今までありがとう。
何も出来ないままお別れしてごめんね。



どうか、この想いが音に乗って天まで届きますように。

それが、私にできた最大の供養であり、感謝だったのだ。





小山さんも、何もできなかったニャン太に想いを伝えるため、今回のソロに至ったのではないだろうか。ニャン太に「ごめんね、ありがとう」と優しく語りかける小山さんの声が聴こえてくるようである。

言いたかった、でも言えなかった。そんなもどかしい想いをソロ曲に乗せた。そこに含まれているのは小山さん自身への慰め、そして誰よりもニャン太への語りかけ。ニャン太はNEWSファンにも周知の存在であったため、ソロにすることで私たちもニャン太に少なからず想いを馳せることができるだろう。

こんなにも沢山の想いを、愛を伝えられたニャン太は幸せに笑っているのではないだろうか。小山さんが家族であったことを嬉しく思っているはず。



ライブで小山さんがこの歌を捧げる時、私もきっと一緒になって空に想いを馳せる。これはニャン太と小山さんの絆であり、1人1人の「私」にとって大切な誰かに贈るラブソングであるのだから。